 |
|
価格:¥ 777
納期:通常24時間以内に発送
人気ランキング : 3,232位
定価 : ¥ 777
販売元 : 岩波書店
発売日 : 1969-07 |
 |
かつてのバイブル |
高校生時代に、川喜田二郎「発想法」と共に、わたくしのバイブル的存在であった本。脇英世「パソコンによる知的生産の技術」がこの本の技術的続編として世に出ている今、この本の実践のかなりの部分はPCを用いて代替することができる。
では、現代においてこの本はもはや必要がない本なのであろうか。それは異なる。わたくしは当時、すでに入手困難になりつつあった京大式カードを使って、著者のいう「知的生産の技術」を実践してみた。そして今、自分の事務処理のかなりの部分をPCで行っていて、その昔の実践あってこそのPC活用だ、という気がしている。データを扱うためにはまずフォーマットの統一が必要だが、この基本的なことすらわかっていない日本人が多すぎる。だから、公共性を体現すべき各省庁で公開しているデータが、.xls形式とかいう特定の会社のソフトウェアで使われている汎用性のない形式であるというようなことが起こる(これは政府による特定会社のプロモーションに当たらないだろうか?)。
データを効率的に収集し活用するための基本的な考え方は今も昔も変わらない。IT立国を目指すなら、すべての高校生に本書を必読のものと義務づけてもよいのではないか?(もちろん、実情に合わせて改訂は必要だろう) そのくらいの価値はある内容である。
 |
方法論確立の端緒に |
この本は「手帳」「ノート」「カード」「スクラップ」「ファイリング」「読書」「書く」「手紙」「日記」「原稿」「文章」というような分類で、著者の言う知的生産の技術についての考察がなされたものである。
情報をいかに扱い整理するか、それをどのように記録してゆくか、ということに主眼が置かれている。そしてこれは著者が独自に様々な方法を試したり確立してきたという、実践論でもある。
刊行されたのは1969(昭和44)年だから、もうだいぶ古い。
内容も時代を反映したものとなっていて、読むときに多少の頭の転換を行う必要がある。
例えばこの本では「書く」技術を考える項目があるが、原稿への手書きがわずらわしい、是非タイプライターで書けるようにしたいものだ、というような主旨の記述がある。
ワープロというものが登場する以前のジレンマが伝わってきそうな話で、手書き文書の猥雑さとの葛藤が切実なものだったことがうかがわれる。ここで著者は、いずれはコンピューターでデータ管理したり、個人でそういうものを所有する時代が来るに違いないと言い、予言的発言が見られれるのも面白い。
全体を通じて彼が考案したという「カードシステム」の利便性を何度も紹介しているが、確かに博物館学(著者は民俗学を専門にして博物館長なども務めている)を考えてみても一定の評価があってしかるべきものなのだろう。
ただ、この本ではなんにでも結局はカードに書けばいい、という結論に達してしまうようなところがある。つまり「カードを活用しなさい本」になってしまっているような感じがあるので、その点は読み手の側で適宜応用して読む必要はあるのだろうけども。
結局は「知的生産の技術」をいかにして構築するかは自ら考えるものなのだ、という読み方が適切な感じがした。
 |
前半だけは良書 |
忘れるために「記録」するという発想がすばらしい。記録という「情報」で残すこと、そしてあとになってそれを操作(整理、利用、並び替えetc)できるように整えておく、というのがこの作者の基本的な考え方であると思う。
「記憶」よりも「記録」。キーワードはこれであると思う。
自分というものは、時がたてば他人と同じだ。
そしてまあ著者自身も、本の中で言っているように美しい文章よりもわかりやすい誰でも書けるような、論理の通った文章を心掛けていた。
自分で考えたことだから当たり前かもしれないけど、ちゃんと実行しているところも見て取れたのでよかったと思う。
ほんとに基本的なことなんだけどこういう風に文章化して明確化してある本も、ここまで昔の時代に、書かれいたことがちょっと驚きであった。
ただ残念なのは後半が、書き言葉、タイプライター、「新字論」などの歴史の変遷とかが主な内容になっていて、技術的なことの記述が浅かったことである。
だから星は3つまででwとどめさせてもらいました。
 |
教科書読む前に本書を読むべき。 |
手帳を単なるスケジュール管理ではなく夢実現のためのツールとして用いるアイデアを世間に広めている「一冊の手帳で夢は必ずかなう」(熊谷正寿・著)という本の中で取り上げられていたので、早速読んでみた。
端的に言うと、35年以上も前にこのような本をお書きになった著者に頭が下がると同時に、この内容を現在でもスムーズに受け入れることができるのは、果たして喜ばしいことなのかと思ってしまった。
そうはいっても、「この30年もの間一体何をやってきたのだろうか。まったく進歩がないのではないか。」などと嘆いても、それこそ進歩しないので、この本を今すぐに読むべきです。
教員志望者は必読だし、親御さんもご自分のご子息ご息女に「勉強しなさい」という前に、この本を読むべきです(親御さんが勉強方法分かっていないのに、いわんや子供さんをや)。
勉強するに当たっては、「WHYとHOWが分からなければならない」という趣旨のことを日米資格四冠王(日米の弁護士・公認会計士)である内海英博さんもその著書「日米資格4冠王が教える人の10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング」の75ページ以下で述べていらっしゃいます。
これらの本を読んで、勉強の内容も重要だが、それ以前に「形式」が重要であるということを痛感いたしました。また、教育・勉強は他人(国?)任せではいけないということを強く強く教えてもらえる本です。なんとなく感じてはいたことを、文章化された著者には感謝の言葉もありません。
知的財産保護にも力をいれていかなければいきませんが、学問研究等の基礎であり、とても重要である「知的生産」を反故にしてはいけません。もっともっと力を入れていかなければならないのではないかと強く強く思いました。
繰り返すようですが、教科書を読む前に本書を読むべきと強く思いました。ちなみに、本レビューでタイトルをあげた本も本書に関心をよせる勉強熱心な方には、かなりためになると思うので是非読んでみてください。
 |
1970年以前とは思えない。 |
京大式カードの発案者である著者が、
自らと周辺の研究者(KJ法の川喜田二郎氏なども含む)による
勉強技法論・研究技法論の思索と試作をまとめたものである。
つまり、1970年以前のコンピュータすらまともにない時代で
如何に効率的に情報処理を行うかの工夫について記述さている。
本の帯にも「情報処理の智恵」「知識の獲得の方法」と書いてあるが
まさにその通り。
第7章の「ペンからタイプライターへ」も、ワープロやPCが無い時代での
効率的な情報入力と「情報の規格化」による情報交換の効率と精度向上を
模索しているものとして興味深い。
著者があと20年後に生まれていたら、真っ先にワープロを使って
情報の規格化を広範囲に進めてアーカイブ(本書のなかではアルキーフ)化を
進めていたことだろう。
その他にも、
「研究しただけで論文にまとめなければ研究者として認められない」
ことなどの話から発展して、情報の共有とかナレッジマネジメントに
近い話にも及んでおり、著者の洞察の深さが読みとれる。
他にもいっぱい参考になる部分がある。
特定分野での研究を極めた人は、メタな研究についても深い。